2017年2月5日日曜日

「為了明天 あしたのために-第五話」


 
「為了明天-第五話」
(日本語訳は下へ)

說實話,現在我很痛苦...
希望我沒有明白「原來沒有蘋果」「真的彈西塔琴」的本意。

說實話,我明白了所有的本意之後卻無法重新開始

說實話,從印度回來之後還無法把西塔琴從琴盒拿出來

說實話,不想看"小拳闘王"

說實話,要自己鼓勵聽"喊夢"也就落淚

說實話,希望一直在昏厥...

Kyuri君(黃瓜先生)也給我激勵如火的信。

每天師兄Daikiti桑給我熱誠的支持及建議。

"你知道的一切只是過去的一切
你相信你明白的一切都是昨天的事
問題是你要如何從不知道的一切開始活下去"

很痛苦...
憂傷…
無法呼吸…

Fuya看起來很擔心,但她一直在旁邊支持我。
我還是愛西塔琴。

但我還是無法打開琴盒...
還在猶豫...
不,還在猶豫的人不是現在的我。
是還沒瞭解「原來沒有蘋果」「真的彈西塔琴」之前的我。
是偽裝厲害西塔琴手之前的我。
虛弱的那個之前的我。

他在想念過去
他在拉我的腳
他跟我說
「不要寫實話吧」
「持續偽裝也沒有人知道」
「你是大師的學生吧?這樣就沒事」
「跟之前一樣彈也大家會喜歡,不要擔心」

現在我必須要跟之前那個虛弱的自己對決.所以需要多一點的勇氣開始寫下一段的"回憶錄"。

我知道我在做的事很自私,但還是我需要跟大家分享自己的故事。

不然我永遠無法再打開琴盒。
不然我永遠無法重新開始練習西塔琴。

"我想要西塔琴進步"
這個是我終極的自私...

未完持續...
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「あしたのために‐第5回 回想篇への前書き」

正直言って、本当の事が分かってしまった今、本当に苦しいです。

「リンゴなど最初から無かった」、「本当にシタールを弾く事」の意味が分かっていても、

そこからの一歩がまだ踏み出すことが出来ないでいます。

台湾に帰ってきてから一週間がたった今でも、実はシタールはケースの中に眠ったままです。

あしたのジョーなんて、本当は見るのもつらいです。

遠藤賢司の「夢を叫べ」を聴いて、自分を奮い立たそうとしても、出るのは涙ばかりです。

本当に胃が痛いです。
本当なら、ずっと気絶していたいです。

タブラを一生懸命習っているきゅうり君が熱い魂のメッセージをくれます。

連日のように、兄弟子のヨシダダイキチさんが心のこもった応援とアドバイスのメールを送ってくれます。

『あなたが知っているものは、既に終わったもの、既に完了したもの。あなたが知っていると考えているのは昨日までの事であって、問題は、あなたが知らないものから始めて、そこから生きたらどうかということである。』

というメールをもらっても…

辛く…

悲しく…

息もできない毎日…

妻のフヤは心配そうな目をしながらも、傍にいてくれています。

今でも純粋にシタールってカッコいいなと思います。

でも、まだまだぐずぐずしている自分がいます。

思い切れない自分がいます。

いや、「リンゴなど最初から無かった」、「本当にシタールを弾く事」の意味が分からなかったころの、古い弱い自分が います。

シタール奏者の振りをしていたころの古い弱い自分がいます。

そいつが後ろ髪を引いています。
そいつが足を引っ張っています。

「しんどいなら、そんなこと書くなよ…」

「前みたいに、適当にシタール弾いても誰にもバレないよ…」

「巨匠シュジャートカーンの弟子って名乗っとけば、大丈夫だよ!」

「適当にハッタリかましておけば、みんな、すごい!すごい!って言うからさぁ」

そんなことを囁く、古い弱い自分と対決するために、
これから勇気を出して、「明日のために‐回想篇」を書いていこうと思います。

自分勝手を承知でFBやホームページに公開していきます。

ここからはじめないと、いつまで経っても、シタールをケースから取り出せ無いのです。

でないと、いつまで経っても、ゼロからシタールが弾けないのです。

”シタールが上手くなりたい”
これが極限の自分勝手だとしても…

つづく…

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