2017年2月5日日曜日

「為了明天 あしたのために-第六話 回憶錄の壱」


 
 
「為了明天-第六話 回憶錄の壱」

(日本語訳は下へ)

有可能我去印度的事情是在我出生之前就已經決定。

我的母親是日本70-80年代背包客族的始祖。
她是一個很勇敢的女孩子。她在20歲左右就自己去印度,巴基斯坦,中東及其他國家旅遊。
她特別愛的國家是印度。

現在到印度旅行好方便。手機,網路都有。但30年前...無法想女性一個人旅行多辛苦,多危險。

小時候,我喜歡晚餐之後幫媽媽洗碗時聽她說在印度流浪的故事。

「你知道嗎?在印度大家用手吃飯唷」

「他們用陶土燒的杯子喝好甜的奶茶」
等等,。
小時候的我興奮地聽著這樣的小故事。

特別我愛的故事是
「一個樂器叫西塔琴。用南瓜做的大琴。琴聲聽起來" ㄇㄧ ~ㄩㄥ" 很酷!」

幼年那時候我就已經決定長大後要去印度學習西塔琴。

但是小時侯的我完全沒有預料在未來會有如此艱難困苦的琴道修行...

答案在「原來沒有蘋果」的本意裡...

未完持續...

(照片:我母親愛讀的書及字典)

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「あしたのために第6話 回想篇-その壱」

僕がインドを訪れる事は、生まれる前からすでに決まっていたのかもしれない。

僕の母は、70年代後半から80年代にかけてのバックパッカーブーム世代の一人だった。

母は、20歳前後にインド・パキスタン・アフガニスタンなどを2年半かけ、女一人で廻ったつわもので、とりわけ彼女が愛したのがインドだった。

インターネットや携帯電話の普及したインドが当たり前の僕に取っては、その当時のインドを一人で旅するなんて想像できない。ましてや、女の一人旅なんて…。

幼いころから、晩御飯の片づけをする母を手伝いながら、当時のインド放浪の話を聞くのが、毎晩の楽しみだった。

「インド人はカレーを手で食べるんだよ」

「チャイっていう甘いミルクティがあってね、素焼きのコップに入ってるんだよ」

「インド人はね、ナンバーワンのことをナンバルワンって言うんだよ」

などの、他愛の無い話だったが、すごくわくわくしたのを覚えている。

とりわけ僕の好きだった話は、

「シタールって楽器があってね、かぼちゃで出来たおっきな楽器。ミョーンって音がするんだよ。カッコいいんだよぉ~」

幼心にも、いつかインドに行こうと決めていた。

インドに行って、シタールを弾いてみようと、心に決めていた。

しかし、その先に想像を絶するようなシタール修行が待っていようとは、そのときの僕は知るはずも無いない。

すべての答えは「りんごなど最初から無かった」にある…

つづく…

(写真:パックパッカー時代の母が愛読していた本と辞書)

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