2017年2月5日日曜日

「為了明天 あしたのために-第七話 回憶錄の贰」


 

 
 
「為了明天-第七話 回憶錄の贰」
(日本語訳は下へ)

我在18歲的時侯第一次去印度旅行。因為學長的影響,我對民族音樂產生興趣。
果然我最喜歡的是印度音樂。那時候不知道任何西塔琴大師的名字。西塔琴跟丹布拉琴的差別也分不清楚...

單純以為有"ㄇㄧ~ㄩㄥ"的聲音就是很酷的印度西塔琴。

有空就去圖書館找關於印度音樂的書,自己想想西塔琴的樣子。看著文字敘述及不清楚的圖片。

「西塔琴有長的脖子跟用南瓜做的大琴身。有17-21弦。有特殊的琴橋可以發出獨特的聲音。」

現在想起來、那時也是有看沒有懂。
那時的黑白西塔琴參考照片看起來真神秘。越看腦袋越多問號出現。
我迫不急待自己能直接去印度彈看看。

我必需要去印度!

18歲的偉大夢想。

完全沒有害怕的東西。

好奇心比恐懼大。

就這麼狂熱地去了印度找西塔琴。

但是18歲的我完全沒有預料在未來會有如此艱難困苦的琴道修行...

答案在「原來沒有蘋果」的本意裡...

未完持續...

(照片上:18歲的我和媽媽 下:印度音樂的書…)

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「あしたのために第7話 回想篇-その弐」

初めてのインド旅行は18歳の時。

音楽好きだった先輩の影響で様々な民族音楽を聴くようになった。やはりというか、自分が繰り返し聴いた音楽はインド音楽だった。

そのときは、ヴィラッヤット・カーンもラヴィ・シャンカールも知らなかった。正直言うとシタールとタンプーラの違いも分かっていなかった・・・。

ただ単に”ミョーンとカッコいいインド音楽”=”シタール”だと思っていた。

図書館に通っては数少ない印度音楽の本を読み漁っては、想像を膨らませていた。

「シタールは長い竿とかぼちゃで作られた胴から成り、二段に張られた合計17~21本の弦をもち、ジャワリという三味線のさわりの原型になるものをブリッジとし、特有の音を奏でる北インドの古典音楽楽器である。」

今思い返してみても、こんな記述では、さっぱりどんな楽器なのか分からない。
その当時は、白黒の参考写真を見ればみるほど、謎は深まるばかり、実物に触れてみたくて居てもたっても居られなかった。

インドに行かなくては!

18歳の若者が抱く壮大な夢。

怖いものなど何も無かった。

恐怖に勝る好奇心。不安に勝る憧れ。

ただ無我夢中だった。

しかし、その十数年後、想像を絶する地獄の様なシタール修行が待っていようとは、18歳の僕は知るはずも無いない。

すべての答えは「りんごは最初から無かった」にある…

つづく…

(写真上:18歳の僕と母。下: 本に記された謎の楽器たち・・・)

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