2017年2月25日土曜日

「為了明天 あしたのために-第十五話 回憶錄の拾」

「為了明天-第十五話 回憶錄の拾」
(日本語訳は下へ)


終於可以跟世界上最偉大的西塔琴手煦珈康上課!
他坐在我的前面。
一對一的上課距離很近...!
不敢相信他正坐在我面前彈琴
他的琴聲像鑽石般的閃亮。
他唱歌的時後音樂像是從他的心譜樂出來的。
我像在看夢...
第一年及二年老師都開心親切。看起來算都還算順利。
但第三年的冬天。
那一天我們在傍晚上課。我一直卡到無法彈好一句旋律。
突然老師嚴肅的大聲說…
「哇! 你在做什麼!?要花多久時間記一句!?你來這裡的目的是怎麼?來玩或學琴?告訴我!!!」
「我...我來跟您學琴...!」
「OK!那不要像老鼠一樣小聲彈琴!彈像我一樣大聲!!來吧!!」
「...好...!」
「再一次!」
「......**..」
「不是大聲就可,要彈優雅一點!!
「ㄛ?...好...!」
「不夠!!」
「…好!」
「速度太慢!快一點!!更快!!」
「可惡...!!!!」
「蛤?!你彈一百次!不可彈錯!!來!!」
「嗚嗚...好..我可以的!」
才彈一聲就馬上被罵,再彈又被罵,害怕又被罵,彈錯重來再數......
一直重複彈同樣的旋律...
腳已經麻掉了...
手指也沒感覺...
我不確定有沒有在呼吸....
忘掉自己在彈琴...
不知道過了多久時間…
「停!」
老師的聲音把我敲醒
不知不覺天黑了。
黑暗的房間裡看不太清楚老師的臉。
我前面的大影子說
「今天到這裡。我知道你的手痛,腳麻,也餓了。
小時候我也有同樣的經驗。我的爸爸晚上8點到早上3點把我關在房裡練琴。沒有吃的也不准休息。
你要了解不管像我是大師的兒子或像你是日本人,西塔琴的前面大家都平等。每個人都會痛苦,都要努力。
要去克服困難。」
「........」
「好。明早見!好好休息。」
彈西塔琴當第十一年的冬天。
這一天我”真正的”琴道修行開始了。
面對絕望落淚、艱難困苦的琴道修行開始了...
但我不知道一個重要的答案「原來沒有蘋果」的本意…
未完持續...
(照片:第一年與阿比滿老師的學生ㄧ起去跟煦珈康上課。真懷念當時燦爛的笑容…)
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「あしたのために第14話 回想篇-その10」
遂に念願の世界最高峰のシタール奏者・シュジャートカーンとのクラスが始まった。
今まで、はるか遠くからしか見ることができなった憧れのミュージシャンが、今、目の前にいる。
目の前で、シタールを弾いている。
ひとつひとつの音が輝いていた。
まさに体中から音楽が溢れでてるようだった。
一対一で稽古をつけてもらっているのが、夢のようだった。
最初の1年目2年目の稽古は、師匠も快く受け入れてくれ、それなりにスムースに進んでいたのかのように見えたのだが……
師匠の元に通いだしてから、3年目の冬。
その日は、珍しく夕方からの稽古だった。
新しく教えてもらったメロディーがうまく弾けなくて、何度も失敗していると…
シュジャートカーン:「おい!お前は何のためにここに来ているんだ!?いつまでたってもグズグズしてやがって!
観光に来ているのか、シタールを習いに来ているのか?どっちなんだ!!??」
Yo:「シ、、、シタールを習いに来ています…!」
シュ:「そうか!!それなら、そんなネズミのようにちまちま弾いてるな!俺みたいに堂々と弾け!!」
Yo:「…はい…!」
急に怒鳴られ、びっくりしながらも、一生懸命に弾くと
シュ:「もう一度!」
Yo:「…はいっ!」
シュ:「馬鹿みたいに、音だけ大きくすればいいって訳じゃないんだ!もっとスイートに弾け!」
Yo:「あ?!…はいっ!」
シュ:「気持ちが入っていない!もう一度!」
Yo:「…は、はいっ…!」
シュ:「スピードが遅い!もっと速く、もっと速く!」
Yo:「…くうっ…」
シュ:「休むな!100回連続で間違えずに弾けるまで弾き続けろ!」
Yo:「え?は、はいっ…!」
一音弾いては怒鳴られ、また一音弾いては怒鳴られ、怯えて縮こまれば怒鳴られ、途中で間違えれば0回からカウントし直し…
われを忘れて、シタールを弾き続ける…
そのうちに、自分が何を弾いているのかも分からなくなってくる… 
足のしびれも、指先の痛みも感じなくなる…
息さえしているかもわからなくなってきた…
どれくらい時間が経ったのだろうか…
シュ:「バス!(やめろ!)」
その先生の一言で、我に返った。
いつのまにか日が暮れて、狭い稽古部屋が真っ暗になっていた。
暗くて、お互いの顔も見えない。
ただ、目の前の大きな影から低い声が聞こてくる。
シュ:「今日はここまでだ。指が痛いだろう、足もしびれただろう、腹も減っただろうな。
俺も同じような稽古を父親から受けてきたから良く分かる。俺なんか子供の頃、夜8時から次の日の午前3時まで、休み無しで弾かされたんだ。
いいか、ヴィラヤットカーンの息子の俺でも、日本人のお前でも、シタールの前では平等なんだ。だれでも辛かったり、苦しかったりするんだ。
でも、そこを乗り越えないといけないんだ。
わかったか?」
Yo:「…は…はい…」
シュ:「OK, 明日の朝10時半にまた来い。今夜はゆっくり休め。」
シタールを弾きはじめて11年目の冬。
まさにこの日から、僕にとっての、本当の意味でのシタール修行が始まった…
烈火のごとく怒られ、悩み、絶望の涙を流し、想像を絶する過酷なシタール修行が…
そして、すべての答えが「りんごは最初から無かった」にあるという事を、ぼくはまだ知らない…
つづく…
(写真1:一年目。アビマンさんの愛弟子マイルスも一緒に。今となっては、このときの笑顔が懐かしい…)

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